駿河屋、ユニチカ、白元が倒産や金融支援が必要となった理由。企業が存続するには変わり続けなければならない

こんにちは、アリスです。

競争が激化している現代社会において、企業は同じことをしていれば、いずれ他者に技術を真似されたり、追い抜かれて倒産する可能性が高いです。また、グローバル社会の現代、海外の安い製品は強力なライバルです。差別化ができなければ、すぐに会社は沈むでしょう。

今回は、実際に倒産や金融支援が必要となってしまった会社を例に、その理由を話したいと思います。また、この厳しい現実に対して、どのように向き合っていくのかについて、私なりの見解を述べます。

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駿河屋、ユニチカ、白元

駿河屋、ユニチカ、白元といえば、長い歴史の会社であり、私たちにも馴染みの名前です。しかい、これらの企業は倒産、若しくは金融支援が必要な状態に陥りました。

駿河屋は1461年の超老舗企業で江戸時代の紀州徳川藩の御用達でした。

ユニチカはかつての「日本紡績」(=日紡“ニチボウ”)であり、丸一金属発祥の地、大阪の平野には地場産業の綿花を主原料に木綿の大きな紡績工場もありました。

そして白元は、衣類の防虫剤のパラゾールが始まりでミセスロイド、アイスノン、消臭剤など身近な日用品の一つでした。

かつては盤石だったこれら名門企業に何が有ったのでしょうか。

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商品の幅を広げられなかった駿河屋

駿河屋はいわゆる「練羊羹」を主体にしていたが老舗にあぐらをかいていた事から商品の幅を広げる事ができませんでした。加えて、途中までは今まで通りのやり方で何とかやっていけたのですが改革や革新を怠ったツケが重くのしかかり、気付いた時には手の施しようが無い状態で、株式上場維持のために粉飾決算までせざるを得なくなっていました。

こうなると泥沼です。粉飾決算は更に体力を奪い、支援に名乗り出た企業もサジを投げる状態に陥り完全倒産に至りました。

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外国の安い輸入品に負けたユニチカ

ユニチカはかつて日本の三白景気(1955年前後、繊維・セメント・、肥料、紡績、製粉、紙などの白いものが当時の景気を引っ張りました。その代名詞が“三白”です。)の一角を担い、大いにわが世を謳歌しました。

大きな工場を各地に持ち、資産の面でも申し分ありませんでした。しかし、やがて繊維は安い輸入品が増え、これら大規模な工場は縮小もしくは閉鎖の途を辿った訳です。

豊富な資産を背景に、土地活用を主体とした不動産業に軸足を移しましたが本業の繊維は体質改善が遅れ、製品開発もこれといった物が無く多角化が遅れてしまいました。

繊維を軸として発展させハイテクや医療に活路を見出した“テイジン”“旭化成”“東洋紡”“片倉工業”などと比較すると後塵を拝しているのは明らかです。

かつての名門大企業は大企業であるが故の舵切りの重たさが足かせとなった訳ですが、早めに正しい改革を進めていれば先ほどの企業とそん色ない多角化が出来ていたと思います。

ただし、危機には陥りましたが、今現在、存続しています。

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他社との差別化ができなかった白元

そして白元ですが、かつて数々のヒット商品を連発、この分野では大きなシェアを誇っていました。M&A(会社買収)などにより多角化も進めてきました。何より3代目の社長は慶應大学・ハーバード大学の経営学修士をも取得した超エリートです。

かつて都市銀行に勤めていた社長は金融のプロであり経営で学位を得た人物が何を見誤ったのでしょうか。それは、多角化の中でライバル企業とも言える“エステー”(かつての“エステー化学“)の台頭です。

白元が利益率の低い量販店に販売の軸足を移したのに始まった上に、エステーがグイグイとシェアを伸ばしていった訳です。

量販店を頼ると言うことはエステーとの差別化(他社との製品の違い)を打ち出せず、量を売ってくれる量販店を頼らざるを得なかったのが原因です。

採算度外視の販売は財務状態を圧迫。それに加え、エリート社長の放漫的経営で資金も流出、財務体質が悪化しました。

本来ならば、このエリート社長の豊富な金融・経営の知識で乗り切らねばならないのに、それらの知識を逆手に取り巧妙な粉飾決算に走ってしまいます。

シェアの縮小=売上減に対し、正面切って立ち向い、対処できる精神的な強さに問題が有ったのかも知れません。

エステーはかつて白元の後を追いかけるベンチャー的な会社だったが、大きな挫折に見舞われている。その挫折を乗り越えて”追いかける会社”が“追いかけられる会社”へと変身したのだ。その間、白元はもたつき、会社の変革が出来ないまま倒産に至りました。

多角化を図っても変えられなかった事例です。

まとめ

いずれもその時代に応じた、もしくは先を見越した企業の改革・変革が十分に出来ないままに破綻に至った訳です。

企業も、そこで働いている人々も変わり続けねば、変わらずその場に居続ける事が出来ないということがわかります。

そういう点からも経営者の舵とり責任は重いと共に、経営者がいかに働いている人々に同じ方向を向いてもらえるか?の人間力も問われます。

経営者は「会社を沈まぬ船」として変わらず存在させるためには慈愛と鬼の両方の心を持たねばならない悲しい定めを背負わされるわけです。

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