高槻市ブロック塀倒壊による小学生死亡事故が起きた社会的背景

こんにちは、アリスです。

2018年6月18日月曜日の朝に大阪北部、具体的には高槻、茨木、枚方を震源とした震度6弱の地震が発生しました。

この地震で、現段階で数名が死亡してしまいました。

中でも、高槻市立寿栄小学校のプールの塀が倒れ、4年生の女子児童(9)が下敷きになってしまった件は、心が本当にいたたまれます。

親御さんは泣きはらしていると思います。辛すぎます。

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コンクリート塀が倒れてきて下敷きに

写真の手前の塀が完全に倒れて、真横になっています。写真をみただけでは、塀がどのようになっていたのかはわかりません。私は最初この写真を見たとき、道路側に塀があったのだと思いましたが、そうではありませんでした。

下記の画像が倒れる前のコンクリート塀です。

写真を見てもらえれば、この塀が倒れて当然の作られ方をしていることがすぐにわかると思います。

一目瞭然でおかしいと思いませんか?コンクリートブロックの塊を積み上げているだけの支えのない塀。明らかに素人が作ったとしかいえない塀のように感じました。

私がもし親であれば、絶対にこの塀の横を歩かないように子供に伝えると思います。いつ崩れてくるかわからないこんなコンクリート塀、恐すぎて歩かせられません。

今まで倒れなかったことが奇跡としか言いようがないです。よくこんな危険極まりないものを作って、放置できたのか不思議でなりません。

完全に学校側に責任があります。人災だといえます。

写真小学4年生の小さな頭の上に、このコンクリート塀が頭から落ちてきたのです。自分の身長よりもずっと高い場所にあるコンクリートの塊が、頭の上から倒れてきたのですから、避けられずそのまま頭から叩きつけられたのです。

想像しただけでも、痛く、恐ろしい光景だったと思います。考えただけで、苦しくなります。コンクリートの塊が頭上から落ちてくるのですから、大人であっても、死んでいたでしょう。

痛かっただろうに。大泣きする間もなく即死だったかもしれません。まだ小学4年生なのに、本当に痛い思いをして亡くなってしまったことは、本当に本当に悲しいことです。

辛かっただろうに、もう痛くないからね。天国で安らかに眠ってほしいとしか言えません。

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支えのない塀を作った人間による人災

この事故は、地震によって発生しました。だから地震のせいです。とは全く思いません。これは明らかに人災です。

それは、写真を見れば一目瞭然です。なんの支えもないコンクリートの塊を積み上げただけなのですから。一体誰が、こんな安全性のかけらもないコンクリート塀を作ったのでしょうか?

決して地震があったから倒れたのではない。地震がなくても、いずれこの塀は倒れてきたはずです。

プールを隠すのであれば、トタン板でよかったはずです。なぜ、コンクリートの塊をこんな高く積み上げることで対策したのか。こんな塀を思いつきだけで作ったのでしょうか?倒れることを想像できなかったのでしょうか?

地震が起きて倒れたから分かった事だと本当に言えるでしょうか?私はそのようには全く思いません。明らかに事前にわかるレベルの危なさです。

未来ある小さな子供の命を奪ったのです。私は、こんなに危険な塀が設置された場所を、いまだかつて見たことがありません。

危険なコンクリートの塊を設置した業者は罪に問われるべきだと思います。

この塀が建てられるにいたった理由はプールの目隠しだと思いますが、なぜコンクリート塀にしたのか徹底的に学校は調査すべきです。尊い未来のある小学生の命を奪ったコンクリートの塊がなぜ作られたのかを調査して、世間に発表すべきです。

これは地震が原因の事故ではないです。これは人災です。こんな危ない塀を作って、放置していた高槻市立寿栄小学校、高槻市役所の責任です。

危険に気づいていた人はいるはず

この塀が危ないことに、誰も気づかなかったわけがないはずです。誰かしら絶対に危ないと思っていた人は、必ずいるはず。一目瞭然でわかります。

コンクリートの塊を積み上げて、接着剤かなにかでくっつけただけのようにしかみえません。こんなに不安定な場所に、コンクリートの塊を積み上げてありえない。

ただ、一度作られたしまったものは、そのあとで危険だと思った人がいても、学校側に言う人はいなかったのだと思います。学校側に言うのが面倒というのもあったでしょうし、危ないけど、倒れることはないだろうと思っていたのかもしれません。先生の中でも気づいていた人はいたと思いますが、倒れることを想像できなかったのか、仕事を増やしたくなかったのか。

誰も言わなかった結果、尊い小さな命が奪われた結果になったのです。子供の命を返せといったところでもう遅い。戻らない。

もし、自分が先生だったら、絶対に気づいていたし、指摘していたでしょう。素人でも見れば一目瞭然でわかるのですから。

このブログを見ている学校関係者に言いたい。言っても撤去はできないから言わなかったのですか?阪神淡路大震災、東日本大震災という災害を目の当たりにしてきて、危険というものが身近にあるということに気づかなかったのですか?

責めたところで子供の命は返ってこないのはわかっています。だから、なおさら辛いのです。親はどうしたらいいのですか?こんな理不尽なことで、大切な大切な子供の命を奪われて、親は今後一生、毎日のように後悔におそわれながら、生きていかなければならないのです。

もうあと1分、朝に家を出るのが遅かったら、早かったらと。もし、朝子供のことを怒ってしまっていたとしたら、さらに後悔は深くなります。もっと優しくしておけばよかったと。

自分も子供がいる身です。もしこのようなことがあったら、生きる意味を失くすと思います。もう仕事もできない。手につくわけがない。毎日毎日、生涯後悔の日々を送ると思います。これは人災です。徹底的に調査して下さい。

二度とこのようなことがあってはいけない。現在、全国に同じようなコンクリート塀があるのであれば、すぐに撤去すべきです。学校関係者の方、今回の件を追及して、全国の小学校、中学校、高校に同じような塀がないか徹底的に調査して、一刻も早く撤去してください。お願いします。

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後日調査で分かった事

この壁の危なさに気づいて指摘していた人がいました。防災関係の講習で高槻市立寿栄小学校に訪れていた人が、実際に通学路を歩いて気づき指摘していたとのことです。

その連絡を受け学校側は、高槻市役所に調査を依頼しました。しかし、高槻市役所は適当な対応しかしませんでした。

高槻市は、建築関連の資格をもっていない建築の担当者1名と、何の知識すらない2名を派遣しました。新聞では他の用事のついでとかで書いていましたが、ついでかどうかは問題の焦点ではないので、突っ込むところではないでしょう。

担当者3名は、壁を見て、傾いていないことを目視し、棒で叩いて大丈夫であることを確認して問題なしと判断しました…。

大人3名もいって、小学生でも可能なレベルの確認しかせずに、しかもその確認も何の根拠もないのに、なぜ大丈夫と判断したのでしょうか。市役所の人間は、こんな無責任な仕事しかできないのでしょうか。

市役所の人間だけを責められない

ここからは想像ですが、市役所の人間は自分たちの仕事を増やしたくなかったのだと想像しています。

このことについては、市役所から訪れた人間だけを責めることはできないと思っています。ただでさえ、大量の仕事がある中で、さらに追加で仕事が増えれば、残業も当然増えます。コンクリート塀を取り除くにしたって、さまざまな手続きが必要になるでしょう。またコンクリート塀を除去した後は、かわりのトタンなどを用意してプールの目隠しを作る必要もあります。

それぞれの仕事を担当者の判断、権限だけで、スムーズに進めることができるのであれば、もしかしたらコンクリート塀は撤去されていたかもしれません。しかし、実際は上長への説明資料の作成、工事会社比較、比較検討資料作成、見積もり作成、稟議書作成、発注と、様々な資料の作成と業者とのやり取りが求められます。

市の人間がいけば、結局は上記作業を自分たちがやる必要があるので、問題なさそうであれば、当然問題なしと判断するでしょう。保身とは違いますが、仕事を増やさないようにするのが当たり前ではないでしょうか。

第三者であるからこそ、まともな判断ができるのはそういった理由です。自分たちがしないのであれば、いくらでも正直な感想を言うでしょう。

働き方改革のしわ寄せが、結局は現場にいっていることを上に立つ人間は認識すべきです。時間だけ減らして、仕事は増える一方の現代。それを効率化だけで対処するのであれば、破たんすることは誰にでもわかることです。

人間の能力はそんな簡単にはあがらないし、効率化には限界がある。常に100%に近い状態で日々の仕事をこなしていれば、当然疲弊して、想像力も奪われます。

また、このことは公共の現場だけに限りません、民間の会社も全く同じです。昔と違って、余剰人員は全くいない中、みんな日々頑張っており、その結果疲弊しています。

昔ならば余剰人員がいて、仕事が増えたときは対処できていたのが、今は通常時でもなんとか回している状態でみんないっぱいいっぱいとなっています。朝会社に出勤してネットニュースを見る暇もありません。出勤すればすぐに仕事に取り掛かる日々です。

全員ではないですが、同意してくれる人は多いのではないかと思います。そんな中であれば、仕事を少しでも増やさない方向に動こうとするのが人間です。

余剰人員は大切ですが、人不足でそもそもいなかったり、コスト削減が望まれている現代では難しいのは事実です。このような現状においては、担当者の裁量でできることももっと増やすことや、いかに無駄な資料作りを減らすかが課題で、資料なしでどんどん仕事を進めることができる環境にしていくことが問題解決の糸口でないかと考えています。

日本の無駄な資料作りは異常と私は思っています。日本の生産性が低いのは無駄な資料作りということははっきりしています。私の勤めている企業にはドイツに支社がありますが、資料は本当に少ないです。生産性の高いといわれているドイツにはこういった事情があります。

逆に少なすぎて発生する問題もあるように思いますが、そのレベルまで減らせば生産性は高まるはずです。

確認は徹底的にすればよいのですが、無駄な資料はなるべく作らないようにすることで仕事を減らすことができるはずです。その報告書は本当に必要ですか?と言いたくなるようなことは公務員、サラリーマンの方であれば、一度は感じたことがあるでしょう。

無駄な資料作りをやめれば、少ない人員でも仕事を進めていくことができると思っています。一方で確認はしっかり行うことが大切です。資料は最低限、確認は徹底的にする方向が良いのではないかと思っています。

これからさらなる超高齢化社会に進み、働き手不足となる日本です。まだ普及に時間はかかりますが、AIでも人間が行っていることの補助ができるようになると思いますし、少ない人でも仕事に対応できるようになっていくでしょう。今回のような悲しい事故が起きない、少しでもよい未来になってほしいです。自身もそのための努力をしていきたいと思っています。

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